ツバル国の”国会議事堂”を描きました。
ツバルに人類が到達したのは
紀元前のことと考えられる。
トンガやサモアなど西ポリネシアから
航海カヌーでやってきたポリネシア人
あるいはラピタ人がこの島々の最初の居住者である。
ヨーロッパ人が訪れたのは、
1568年にスペインから来た
アルバロ・デ・メンダーニャ・デ・ネイラ
(Alvaro de Mendaña de Neira) が最初である。
植民は行われなかったが、
奴隷貿易業者や捕鯨船員などが
しばしば訪れていた。
1850年から1875年に、
住民は労働者としてハワイやタヒチ、
ペルーなどに強制連行された。
そのため諸島の人口は急激に減少した。
ツバルは、1892年にエリス諸島という名前で、
イギリスの保護領のギルバートおよび
エリス諸島の一部になった。
1915年に、北部ギルバート諸島(現キリバス)
とともに
イギリスの植民地ギルバート・エリスとなった。
1974年に、植民地内の人種の違いから、
ポリネシア人の多いエリス諸島は
ミクロネシア人の多いギルバート諸島
(後のキリバス)との分離を投票で決めた。
そしてエリス諸島は、
ツバルという名でイギリスの植民地として分離した。
1978年10月1日、イギリス連邦の一員かつ
英連邦王国として独立が認められた。
次の写真は、ツバル国のフナフティ国際空港を撮影したものです。左に見える黄色の屋根の建物は、国会議事堂です。
次の写真は、ツバル国の政府庁舎を撮影したものです。
次の写真は、ツバルの警察署を撮影しました。
次の写真は、ツバルの銀行を撮影しました。
次に、ツバル国で、唯一つあるホテルを撮影しました。
ほかの宿泊所には、民宿とホステルがあります。
次の写真は、ガソリンとLPガスを売る店です。
次の写真は、一般住宅です。